FIREを確率で検証する ― モンテカルロ・シミュレーションで見える現実(前編)
こんにちは、ジョイです!
今回のテーマは「FIRE(経済的独立・早期リタイア)」を確率論の視点から検証する手法であるモンテカルロシミュレーションです。
FIREというと、「4%ルールで安心」「高配当株でリタイア可能」といった単純なフレーズがよく語られます。
しかし、現実の人生も市場も、そんなに単純ではありません。
なぜなら、すべての未来は過去の実績通りに行くとは限らないからです。
モンテカルロ・シミュレーションは、投資・リスク・寿命といった不確実性を数値化して、何千通り、何万通りもの「人生の未来」をシミュレーションする手法です。
ここでは、その基本的な考え方から、「なぜ4%ルールは万能ではないのか」「どんな人が失敗するのか」を順序立てて解説します。
- 1. FIREには「資産の持続率」を高める設計図が必要である
- 2. モンテカルロ・シミュレーションとは何か
- 3. 「4%ルール」は平均の幻想に過ぎない
- 4. 順序リスク(シークエンス・リスク)の脅威
- 5. FIRE計画における変数の整理
- 6. FIREを確率で考える心理的メリット
- 7. モンテカルロ・シミュレーションの限界
- 8. まとめ(前編)
- 1. モンテカルロ・シミュレーションの設計例
- 2. 成功率を左右する「開始年齢」と「支出率」
- 3. リターン変動が与える心理的ストレス
- 4. 動的取り崩し(Variable Withdrawal Rule)の重要性
- 5. クッション資産の保有効果
- 6. 分散投資と為替リスク管理
- 7. モンテカルロ・シミュレーションの感度分析
- 8. FIREにおける心理と意思決定
- 9. モデルの現実的活用法
- 10. まとめ:確率を受け入れる自由
1. FIREには「資産の持続率」を高める設計図が必要である
FIRE(Financial Independence, Retire Early)は、資産などから得られる収益で生活費を賄い、働かなくても生活が成り立つ状態を指します。
そして、FIREの本質は「仕事をやめること」ではなく、「資産を使いながらも破綻せずに生き抜く確率を高めること」にあります。
つまり、FIREを実行するうえでは、『人生を持続可能にするファイナンス設計』が必要になります。。
そしてこの“持続可能性”を数値で可視化するのが、モンテカルロ・シミュレーションです。
従来の「年率4%で30年OK」という定説は、米国市場の過去データに依存しています。
だが、リターンもインフレも、為替も税制も、未来では過去に起きた通りに変動するとは限らず、まったく新しい状況が発生する可能性があります。
過去において大丈夫だったからと言って、確実な保証などどこにもないのです。
だからこそ、FIREを成功に導くには、過去の実績や過去の平均値に依拠するのではなく、将来起こりうる状況をシミュレーションによる「確率分布」で見ることが重要なのです。
2. モンテカルロ・シミュレーションとは何か
モンテカルロ・シミュレーション(Monte Carlo Simulation)とは、不確実な要素をランダムに何千回、何万回と試行して、結果の分布を統計的に評価する手法です。
金融・保険・AIモデルなど、確率を扱うすべての分野で使われています。
FIREのシミュレーションにモンテカルロ・シミュレーションを用いる場合の一般的で基本的な流れは以下のようになります。
- 初期資産、支出額、期待リターン、リスク(標準偏差)を設定する
- ランダムに年ごとのリターンを生成する(例:正規分布 N(μ,σ²))
- 資産の増減を年ごとにシミュレートし、資産が0円になる年を記録
- これを1,000〜10,000回繰り返し、「破綻確率(=失敗率)」を算出する
結果として、「資産が100歳まで枯渇しない確率」が例えば83%であれば、
あなたのFIREプランの成功率は83%ということになります。
3. 「4%ルール」は平均の幻想に過ぎない
トリニティ大学の研究(Trinity Study)で有名な「4%ルール」は、
資産を年4%ずつ取り崩しても30年間持続するという経験則です。
米国の株式・債券データ(1926〜2020年)を基に検証され、多くのFIRE理論の土台になっています。
しかし、このルールには落とし穴があります。
– 米国という経済成長国のデータである
– 税金や医療費は考慮されていない
– 過去の実績に基づくものでこれまでにない未来を反映していない
実際にモンテカルロ・シミュレーションを使うと、色々な条件や仮定によりますが、4%ルールの成功確率は85〜90%に留まるケースが多いです。
つまり、10〜15%の人は資産を使い切ってしまうということです。
「平均」「最頻値」ではなく、「最悪の10%」を見なければ、FIREの安全性は語れません。とまでは言わないですが、人生を生きていく中で10%とか15%とかの確率で破綻しますよーと言われると無視はできないですよね。
4. 順序リスク(シークエンス・リスク)の脅威
同じ平均リターン5%でも、順序(タイミング)によって結果はまったく変わります。
リタイア初期に暴落が来ると、取り崩しが早期に進み、回復局面を待つ前に資産が減ってしまう。
これを「シークエンス・リスク」と呼びます。
たとえば以下の2人を比べましょう。
- Aさん:リタイア直後に+10%、+7%、+5%と順調にスタート
- Bさん:リタイア直後に−10%、−8%、+6%と不運なスタート
最終リターン平均は同じでも、資産曲線は大きく違います。
Bさんは序盤に資産を削り、後半で回復しても取り崩し量が多いため、持続率は低下します。
モンテカルロ・シミュレーションは、この“運の順序”を乱数として再現できるため、
単なる平均値では見えないFIREの脆弱性を可視化できるのです。
5. FIRE計画における変数の整理
モンテカルロ・シミュレーションで分析する主な変数は次の5つです。
- 初期資産額:例:8,000万円、1億円など
- 年間支出:例:500〜600万円、インフレ率2%で上昇
- 運用リターンとリスク:例:平均5%、標準偏差15%
- 年金収入:例:65歳以降 年間120万円
- シミュレーション期間:リタイア年齢から100歳まで
この5変数を設定してランダム試行すると、設定した回数の人生シナリオが描かれます。
「破綻まで何年持つか」「平均資産曲線はどんな形か」などが描かれた回数の人生の結果としてすべて確率で見えてきます。
破綻を回避するために特に重要なのは、リスクの分散だけでなく支出の柔軟性です。
支出を固定費化してしまうと、暴落時に調整できず失敗率が跳ね上がります。
6. FIREを確率で考える心理的メリット
「確率で考えるなんて難しい」と思うかもしれませんが、
むしろこの考え方こそが“FIREの不安”を和らげます。
未来を確率として見ると、極端な悲観も過信も減ります。
- 「最悪の10%でも破綻しない設計」を考えるようになる
- 暴落が来ても「想定内」と受け止められる
- 数字よりも柔軟な行動を重視できる
人は「確実性」がないと不安になりますが、確率的に未来をシミュレーションしておけば、「想定の範囲内」という安心感が得られます。
FIREとは、将来の不確実性と“うまく付き合う力”でもあるのです。そのための強い味方がモンテカルロ・シミュレーションの実行による未来のシミュレーションなのです。
7. モンテカルロ・シミュレーションの限界
どれほど高度なシミュレーションでも、現実のすべてを予測することはできません。
インフレ、税制、医療費、家族構成など、完全にリアルな仮定を行うことは不可能です。
また、モデルに入力するリターン分布(正規分布を仮定するのが一般的)にも課題があります。
実際の市場リターンは「ファットテール(極端な値が出やすい)」性質を持ち、
シミュレーションでは過小評価されがちです。
したがって、モンテカルロ分析を行うときは、結果を鵜呑みにするのではなく、“幅”で受け止める姿勢が重要です。
8. まとめ(前編)
FIREを確率的に見るということは、「運用リターンに一喜一憂しない」生き方を選ぶことでもあります。
モンテカルロ・シミュレーションは、未来の予言ではなく、“不確実性の地図”です。
地図を持たずに進むより、リスクを知った上で進む方が、自由度も安心感も高まります。
後編では、実際にモンテカルロ分析を用いた数値例を紹介し、
・リタイア年齢別の成功率
・取り崩し戦略の違いによる影響
・支出減額ルールやリバランス効果
などを具体的に解説していきます。
FIREを確率で検証する ― モンテカルロ・シミュレーションで見える現実(後編)
前編では、FIRE(経済的独立・早期リタイア)を確率論の視点で捉える意義や、モンテカルロ・シミュレーションの基礎を解説しました。
後編では、いよいよ実際の数値分析と、確率的に“FIREを守る”ための戦略を掘り下げます。
1. モンテカルロ・シミュレーションの設計例
まずは、具体的なシミュレーション条件を設定してみましょう。ここでは日本人投資家を想定し、現実的な条件を使い、生成AIによりモンテカルロ・シミュレーションを実行させます。
注)以下のモンテカルロシミュレーションの結果となる数値例すべてにおいて、生成AIによるハルシネーションが生じている可能性がありますが、ハルシネーションの有無について特に検証を実施していません。そのため、あくまでの例示としての記載となることにご留意ください。
- 初期資産:8,000万円
- リタイア開始年齢:55歳
- 年間支出:600万円(インフレ率2%で上昇)
- 運用リターン:平均5%、標準偏差15%
- 年金収入:65歳から年間120万円
- 試行回数:10,000回(100歳まで)
この条件で10,000通りの人生をランダムに生成します。1年ごとにランダムなリターンを引き、資産が0円になるまでの年数を記録。
最後に「資産が尽きなかったケースの割合=FIRE成功確率」を算出します。
結果は次の通りでした。
- FIRE成功確率(資産が100歳まで枯渇しない):83.1%
- 中央値の最終資産:3,200万円
- 最悪10%ケース:72歳で資産枯渇
- 最良10%ケース:100歳時点で資産1億円超
つまり、現実のFIREは「平均すれば大丈夫」ではなく、「約17%は破綻リスクがある」ということです。
この数値を知ることが、安心して自由を選ぶ第一歩になります。
2. 成功率を左右する「開始年齢」と「支出率」
同じ8,000万円でも、FIREの成功確率は支出額と開始年齢で大きく変わります。
(1)支出を5%→4%→3%に変えた場合
| 年間支出率 | 成功確率 | 中央値の最終資産 |
|---|---|---|
| 5%(600万円) | 約83% | 3,200万円 |
| 4%(480万円) | 約91% | 5,800万円 |
| 3%(360万円) | 約97% | 9,200万円 |
支出を少し抑えるだけで成功確率が大きく上がります。
「倹約は最強のリスクヘッジ」というのは統計的にも裏付けられています。
(2)開始年齢を変えた場合
| 開始年齢 | 期間 | 成功確率 |
|---|---|---|
| 50歳 | 50年間 | 80% |
| 55歳 | 45年間 | 83% |
| 60歳 | 40年間 | 88% |
| 65歳 | 35年間 | 92% |
FIREを「いつ始めるか」も重要です。
5年早く始めるだけで成功率が5〜10%下がることがあります。
この差を埋めるには、支出を減らすか、クッション資産を多く持つ必要があります。
3. リターン変動が与える心理的ストレス
確率論で見ると、資産推移の平均線は滑らかですが、実際の現場はそうではありません。
5%リターンの平均は「+15%の年もあれば△20%の年もある」という意味です。
特にリタイア初期にマイナスが続くと、心理的ストレスが強く、行動を誤りやすくなります。
- 焦って損切りして現金比率を上げすぎる(→リバウンドに乗れない)
- 支出を減らせず資産を早く取り崩す
- 「自分のFIRE計画は失敗だ」と思い込み再就職を考える
つまり、数字の破綻よりも先に「メンタルの破綻」が起きやすいのです。
この意味で、FIREを持続させる最大の鍵は心理的リスク管理でもあります。
4. 動的取り崩し(Variable Withdrawal Rule)の重要性
固定の「4%ルール」ではなく、資産変動に応じて柔軟に支出を調整する方法が有効です。
これを「動的取り崩し戦略」と呼びます。
たとえば以下のようなルールです。
- 前年末資産が10%以上減った年は、翌年の支出を10%カット
- 前年末資産が10%以上増えた年は、翌年の支出を5%増やす
- 支出の下限・上限を設定(例:400〜700万円)
このルールを組み込むと、シミュレーション上の破綻確率は約83%→約91%まで改善しました。
つまり、支出を“生き物”として管理することが、FIREを守る最も効果的な方法です。
5. クッション資産の保有効果
もう一つの定番戦略が、「現金・短期債などの低リスク資産を一定量持つこと」です。
これにより、暴落時に株式を売らずに生活費を賄うことにより急激に資産を減らすことを回避できます。
| クッション資産の割合 | 成功確率 |
|---|---|
| 0%(株100%) | 78% |
| 15%(現金・債券) | 83% |
| 30%(現金・債券) | 89% |
リターンを少し犠牲にしてでも、ボラティリティ(変動幅)を抑えることで「長生きリスク」に対応できます。
FIREを持続するためには、「リターンの最大化」ではなく「破綻確率の最小化」を追求することが必要なのです。
6. 分散投資と為替リスク管理
日本円だけでFIREを完結させるのはリスクが高い時代になっています。
円安・インフレ・金利上昇などの外的要因が生活コストを変化させるためです。
たとえばドル建て資産(米国ETFなど)を30〜50%保有しておくと、為替ヘッジ的な効果があります。
ドル高局面では生活コスト上昇を資産評価益で相殺でき、円高局面では逆に購買力が上がる。
FIREにおいては、「リターン分散」だけでなく「通貨分散」が安定をもたらします。
7. モンテカルロ・シミュレーションの感度分析
ここでは、前提条件を少しずつ変えたときに成功率がどう変化するかを見ます。
これは「どの要素が一番FIREを左右するのか」を把握するためのテストです。
| 条件 | 変更内容 | 成功確率 |
|---|---|---|
| 基準ケース | リターン5%、支出600万 | 83% |
| リターン+1% | 平均6% | 88% |
| 支出−10% | 540万円 | 91% |
| インフレ+1% | 3% | 78% |
| 税負担+5% | 配当課税など増加 | 80% |
最も影響が大きいのは「支出の柔軟性」と「インフレ」です。
つまり、FIREの成功は“どれだけ稼ぐか”よりも“どれだけ柔軟に暮らせるか”にかかっているともいえます。
8. FIREにおける心理と意思決定
FIRE後の最大の敵は、暴落ではなく「不安」です。
モンテカルロ・シミュレーションは数字の安心を与えてくれますが、人間は数字だけでは動けません。
重要なのは、次の3つのマインドセットです。
- 確率は安心のためにある。
成功率80%なら、20%をどう防ぐかを考える姿勢を持つ。 - 「平均」ではなく「分布」を見る。
中央値よりも、最悪10%ケースに備える。 - 計画は静的ではなく動的に。
環境に応じてリスクも支出も変える柔軟性を持つ。
FIREとは、数字の勝負ではなく「心のマネジメント」でもあります。
不安定さを受け入れ、確率の上で生きる覚悟を持つことが、真の独立につながります。
9. モデルの現実的活用法
モンテカルロ・シミュレーションを実際に使うには、ExcelやPythonなどで簡単に実装可能です。
たとえばExcelの「RAND関数」でランダムなリターンを生成し、資産推移を計算するだけでも十分です。ただし、もっとも簡単な方法は、生成AIに前提条件を与えてシミュレーションさせる方法です。Excelもパイソンの知識も全く必要ありません。
一歩進めて生成AIに条件を与えて、必要に応じてよりリアルに条件を設定してシミュレーションを実行してと実施を出すだけで、かなり現実的な結論を導いてくれます。
FIRE計画を“見える化”することで、感情ではなくデータで判断できるようになります。危険なのは、生成AIのハルシネーションです。モンテカルロ・シミュレーションなどは、特別な知識がある人を除いて検算ができません。そのため、生成AIがハルシネーションを発生させている場合に、これを見抜くことができない可能性が高いのです。ただ、なんとなくこれはおかしいなということはわかるケースが多いです。
公認会計士としての経験から言えば、何となくオカシイと感じるには、数字を感覚的に「理解している」ことが重要です。
理解している数字については、何となくオカシイと直感的に感じることができるのです。
10. まとめ:確率を受け入れる自由
FIREを実現するとは、「不確実性を受け入れて生きる」ということです。
モンテカルロ・シミュレーションは、その不確実性を恐れるのではなく、理解するためのツールです。
確率で未来を描くと、「破綻するかも」という不安が「どのくらいの確率で?」に変わります。
それは、曖昧な不安を数値化すること。
つまり、“見えない恐怖を見える化”することです。
FIREとは、安定を求める生き方ではなく、不確実性の中で自分のルールを持つ生き方。
確率を理解し、柔軟に対応できる人こそ、本当の意味で「経済的に独立」していると言えます。
次回は、「持ち家か賃貸か ― FIREを前提にした住居戦略の最適解」をテーマに、
人生最大の固定費である“住まい”をFIREの視点から検証していきます。


